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反復の果てに聴こえてくる音 |
CDを購入、もしくは音楽をダウンロードする場合等、
今では試聴というシステムは欠かす事のできないものとなっている。
今回は、試聴して音楽を購入するという事について少し考え、
その盲点を突いてみようと思う。
小学校高学年頃からレコードを購入していた自分のような昭和の人間にとって、
レンタル・レコードという赤貧学生の救世主の登場は、
しばらく時を待たなければならず、
レコード店に試聴器が置かれるのは、まだまだだいぶ先の事である。
であるから、それまではラジオで聴く、テレビで見る等して、
気に入った曲が入ったアルバムを購入したり、
曲は知らないが、どうしても聴きたいアーティストに関しては、
レコード店の在庫の中から、
時に参考になり、時に眉唾ものの帯のお題目を信じるなり、
ジャケットのイメージなりで購入(ジャケ買い!)するしかなく、
テレビやラジオで聞いたシングル曲だけが突出していて、
アルバム全体はシングルのイメージと程遠かったり、
ジャケットから連想して頭の中で鳴っていた音楽とあまりに違う等という、
期待ハズレのアルバムを購入してしまう事はしょっちゅうであった。
例えば、高校の時に購入したT・レックスの『タンクス』。
何故この時、このアルバムを購入したかは覚えていない。
恐らくラジオか何かで「ゲット・イット・オン」あたりを聴いたのかもしれないが、
グラム・ロックという既にその当時は終わっていたムーヴメントの中で人気を誇った、
T・レックスを聴いてみたかったのだと思う。
しかし当時、近くのレコード店で国内盤で購入できるT・レックスのアルバムは、
このアルバムしかなかったのだろう。
知った曲は無かったにしろ、お目当てのT・レックスである。
帯にも「グラム・ロックの頂点をきわめるT・レックス傑作アルバム」とあるし、
これで手を打とうではないか。
購入したアルバムに針を落とし、
アルバムを聴き終えた時の衝撃といったら...。
disc3000店主こと愚弟も書いているように、
全部同じに聴こえた。
これには参った。
1800円(だった)といえば、当時の高校生にしたら大金である。
当時の貨幣価値に換算すると、B定食6日分である。
全13曲なのに1曲にしか聴こえない!と、
いくら非常識だった高校生時代といえ、
そんな理由で怒鳴り込んで返品できる訳もなく、
月一枚買えるか買えないかの貧乏高校生には
あまりにショックな出来事であったのである。
少ない小遣いをやりくりし、
貰った昼飯代をそのまま全額、
もしくはかけそば150円という、
学食の中でも一番安いものばかり食べ、
お釣りをせこせこと貯めるという事は、
学生の頃から音楽好きという業を背負ってしまったものは、
誰しも覚えのある事と思う。
そんな思いをして購入したのだから、
ハズレといって簡単に諦められる訳もなく、
うっちゃっておくのも勿体無いので、
次にアルバムを購入できるまでは仕方ないから何度も何度も聴く訳である。
ところがこれが繰り返し聴いていくと、
徐々に曲の違いを把握し始め、
↓
すると何で初めは全部同じに聴こえたんだ?と疑問を覚えるようになり、
↓
やがては愛聴盤に昇格。
↓
T・レックスのアルバムといえば、未だに『タンクス』が一番。
とまあ、こんな風に時間を追うごとに、
評価が変化するという事は、
このアルバムの場合、特に印象深いが、
これに限らずとも良くある事であった。
ここでようやく本題に入り、
試聴して購入する事についての話しとなるのだが、
試聴というのは、より自分の感性へ速効的に訴えるものを捉える事はできるが、
後からジワジワ効いてくる遅効性の音楽には不利なシステムであるという事。
恐らく当時、試聴器が店にあって、
T・レックスのアルバムを購入しにいった若き日の自分が、
『タンクス』を試聴できる環境であったとしよう。
どれも同じ曲に聴こえる。
↓
落胆
↓
購入せず。
という事になっていたであろう事は想像だにかたくない。
試聴による購入というのは安全であるし、
明らかに自分にとってのハズレを引かないようにするには、
大変有り難いシステムである。
しかしながら試聴する事によって、
すり抜けていった音楽の中には、
実は自分にとって後々お宝になるはずだったものが、
山ほどあったはずである。
反復の果てに聴こえてくる音。
忍耐の後にやってくる喜び。
そういう音楽もあるのだと言う事を、
「試聴」が当たり前の世代の人達にも、
心の片隅にでも留めておいて欲しいものである。
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(2006.11.15)
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